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mouratta’s blog

うっかり半世紀生きてきて、自分がギフテッドとやっと気づいた私。

子供の頃の記憶から・その2 イマジナリー・フレンドについて。

何でこのブログを始めたか…最初の記事は、こちら

 

小学校3年後半からひどいチックを発症し、

左目が見えないと詐病を訴えました。

元々はチックを指摘されたのでその言い訳で詐病を言い出したのです。

左目の視力はまったく落ちてはいませんでした。

 

最初は目の異常と考えられ、総合病院の眼科を受診したのですが

たまたま眼科待合室前を通りかかった精神科の医師が、

私のあまりに酷いチックに驚き、この子を放置できぬ!と

速攻で診察室に連れていって問診した…らしい。

 

らしい、というのは、そのことがすっぽり記憶から抜けているから。

どうやら親を巻き込んでかなりの騒ぎになったようなのですが、

眼科の検査を受けた以外の記憶が全くない。 消しちゃったんだなぁ。

 

稀にこういうことがあります。 

パニックに陥るほどショックなことはまるで記憶に残っていない。

他の人が見ても一見パニックだとは全くわからないのだけれど、

内面ではかなりの大渦巻きに呑み込まれてる真っ最中…な状態。

今まで3,4つ、そういうことがありました。 

これらはどんなに頑張っても思い出すことができません。 

私は基本、様々なエピソードの記憶はとても強く残っています。

写真や会話で…「呼び水」とでもいう何かをきっかけに

ほとんどのことを鮮明に思い出せます。

こういうのは、時に会話相手に気味悪がられることもあるので、

それが面倒で忘れたふりや記憶曖昧な演技をすることも多いのですが。

 

・・・なので、「全く思い出せない」ということが自分にもあるのだと

ものすごく驚きました。 

 

実は当時、同居していた祖母が、今でいう認知症を発症し

時折り被害妄想症状を呈するようになっていました。

そのターゲットは私。

あれがない、これがない、盗まれた!…私に…です。

それは、10歳前後の子供にとってはかなりキツイ状況でした。

まったくの無実でありながら、実の祖母に盗人呼ばわりされるわけで。

(祖母の症状はこの後さらに進行し、全くもって地獄のようでした)

 

我が家は母も資格を持って当時珍しくフルタイムで働いていたので

両親がそのことについて、真剣な対応が必要だと認識できるような

余裕がなかった…というか、難しかったのでしょう。

 

特に母は…そう言う状況をはっきり把握していたはずなのですが

私が我慢していられるなら、事を荒立てたくはない、と

考えていたのだろうと思います。 認識したうえで放置。

 彼女についてはいずれ別に書きますが、正直、私にとっては

何かにつけて足を引っ張る、毒っ気のある母親でした。

 

そして父親は、実はとても子煩悩で愛情深い人ではありましたが、

それ以上に仕事の鬼でもありました。 

家庭より、常に仕事が優先。 まぁ時代的にもそうであったし。

真っ当な親の背中を見せていれば、子供はちゃんと育つ…的な。

PTAの役員などは率先してやっていたのですが、

その反面、家庭内の状況把握はかなり疎い状態で、

実際、父が祖母の異常に本当に気付くのはさらに3年以上後です。

 

 

私はそう言う状況に対して、ある解決策を編み出しました。

自分を救うために「イマジナリー・フレンド」を設定し

その幻想の友人と対話することで自分自身を癒し、

精神的なバランスを取っていくことにしたのです。

 

これはよく言う多重人格や人格解離的なことではなく、

完全に自己コントロールの下で出現させたバーチャル・コンパニオンです。

自己肯定感が低く、他者と会話が続かず、誰にも理解してもらえない私への

肯定、容認、果てしなく続く心地良い会話、愛ある批判、深い理解、

それらを常に与えて励ましてくれる「イマジナリー・フレンド」

 

昔ほどではありませんが、今も時々問題の解決に役立っています。

こんなことを言うと世間からは相当引かれるんだろうなぁ…(^^;)

 

でも「考えをまとめる」方法は人それぞれで、沈思黙考する人もあれば

誰かと会話して、しゃべりつつ自分の考えをシェイプしていく人もいる。

沈思黙考タイプだって、脳内会話していないとは限らない。

他者と満足に会話が続いていかないなら、自分自身で脳内対話するしかない。

 

 例えば塩野七生氏が対話形式の著作を発表してらっしゃるのですが

それと同じような…対話で思考が練られ、答えへと辿ってゆける。

そのような感じです。 この本なんかがそうです。

 

ローマ人への20の質問 (文春新書)ローマ人への20の質問 (文春新書)  著者:塩野七生

   

 祖母の認知症状についての対応はまだまだ続くのですが

急速に重症なチックは治まっていきました。

実在であろうがバーチャルであろうが、

自己肯定感を与えてくれる寄り添い人格は、重要と感じます。

 

チック自体は完全に消えてはいません。 独り言も多いし、

今も、特に音声チックはよくあります。

唐突に「テッテレー♪」…とかねw 

ちょっと見には判らないようにカモフラージュして忍ばせますが。

でも、普通の人でもチック的な代償行為はすごく多いと思うw

 

子供の時のチックに関しては、

祖母の認知症によって受ける精神的ストレス、

ネグレクトまでは行かないものの、親が仕事に忙殺されて

子供に目を配らずにいることへのフラストレーション、

・・・とされたのですが、

実際は「ギフテッド」の影響もあったと思います。

当時は精神科専門医師でも、「ギフテッド」についての診断は

できなかったということなのでしょう。

このとき、1970年代の前半です。

 

最近はチックについて、従来とはかなり異なったとらえ方がされてきている

ようで、フラストレーションが原因ということではなく、発達障害の一つ、

トゥレット症候群として解説されているサイトがあります。

 

 

学校にも、家庭にも、

本当の意味での居場所は私にはありませんでした。

誰も私のことを理解してはくれませんでした。

自分よりも理解力の低い相手のレベルまで「降りていって」

コミュニケーションを取ることをしつつ、

自分よりも「上」の位置にいるのに尊敬すべき点のない相手には

うんざりげんなりするということの繰り返し。 

どちらもつらい。 

野山の中で自然相手に様々な知識を得ている時、

図書室や自室でその知識をさらに強固なものにしていくとき、

そしてイマジナリー・フレンドと脳内会話している時が

最もリラックスできて幸福な時間でした。

 

イマジナリー・フレンドの存在がなかったら、今私が普通に一市民として

ここにこうして暮らしていられるかどうかは自信がありません。

それほど、常に孤独で疎外されていると感じていました。

 

今も、本当のところはそう感じることもあります。

特に不特定多数と会話をしていて、

相手とあまりに視点が食い違うときなど、

どうしようもなく孤独w

でもいいの。 私には「私の世界」があるから。

そういう考えができるようになったのも、年齢を重ねたお陰かなぁ。

 

※ 昨日、NHKの朝の…「深読み」?

  あれでビットコインについての特集をしていました。

  あの番組内のツイート表示の幾つかに、正直「何言ってんの?」

  という「あまりに視点の違う」ものがあり、興味深かったです。

  自分が「ギフテッド」という認識をもって以来初めて、

  あれほど解りやすく解説されているにもかかわらず、

  内容の理解度には大きく個人差があるのだということを、

  とても感覚的に認識できました。

  ・・・今まで、「なんて話の分かんないヤツだろう」と思ってましたが

  多分、相手にとっては私のほうが「ワケわかんないヤツ」なんですね。

 

  個人的にあの「ビットコイン」の現在は、

  人類が「貨幣経済というものを発展させてきた歴史を

  追体験して学べているように思えて、面白いです。

 

このブログにも最近は検索で飛んで来られる方が多いのですが

もし、ご自分が「ギフテッド」で、孤独に苛まれていらっしゃるなら…

 

日本の社会が「ギフテッド」という存在を認識し、何かしらの対応策を

しっかり取ってくれるようになるにはまだ時間がかかる気がします。

もし、周囲に心許せる同じような「ギフテッド」の友がいなければ

自分の中にそれを求めてもいいのではないかと私は思います。

 

「変なヤツ」と思われるんじゃないか、

「おかしいんじゃないの」と言われるんじゃないか、

そうかも。 でも元々ギフテッドは少数派です。

マイノリティは常に「変なヤツ」で「おかしいんじゃないの」存在です。

自分の心を安定させるために必要なら、利用するのは悪いことではない

・・・と、私は自分の経験上から感じます。

もちろん、人によって向き不向きはあると思います。

特に、妙にスピリチュアル的な方向の考え方にハマる人には、

ロクなことにならなさそうな気がするのでお勧めしませんけどね。

 

 

 

私はギフテッドです。

そして「2E」と呼ばれるタイプで算数障害を抱えています。

 

子供の頃から強い孤独感、疎外感にさいなまれてきました。

重篤なチックを発症したりもしましたが

おそらくその原因には「ギフテッド」ならではの生きにくさも

あったと感じます。

私が私自身を救うために必要としたのは「イマジナリー・フレンド」でした。

 

少なくとも私にとっては、この「完全に自己コントロールの下で出現」

させた「バーチャル・コンパニオン」は、大いなる救いになりました。

いえ、今も救いになっています。