mouratta’s blog

うっかり半世紀生きてきて、自分がギフテッドとやっと気づいた私。

OE(過度激動)とか言われても…(^^;) ま、まずはこんなとこから。

何でこのブログを始めたか…最初の記事は、こちら 

 

前回からWikiの「ギフテッド」より「ギフテッドの特徴」をお借りして

私の場合はこんなんでした…というのをぽつりぽつりと書いております。

今回はその続き、2回目です。 

「ギフテッド」についてWikipediaより「特徴」に関わる部分の特にOEについてを引用。

 最終更新 2016年9月19日 (月) 06:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

 

OE(Overexcitabilities、過度激動)

ギフテッドの人間には異常なほどの熱情、並外れた集中力、一般人とは一風変わったふるまいが見られる。これは多動性障害双極性障害自閉症スペクトラムやその他の心理的障害の兆候によく似ていたり、場合によってはおなじである可能性も否定できない。一方で、ギフテッド教育の専門家はドンブロフスキは「積極的な分離」(w:en:Positive Disintegration) [6]という人格形成理論を主張している。ドンブロフスキの積極的な分離理論の中核をなすのが、刺激に対する並ならない反応OE Overexcitabilities 過度激動)である。これは神経の感受性が増すことによって通常の人間よりも刺激を生理的に強く経験する性質であり、ギフテッドの特徴である。

 

自分自身のことで言えば、自閉症スペクトラムアスペルガー、中でも

成人女性のアスペルガーの特徴とされることに重なる部分はあると思います。

アスペルガーの中でも女性は従来言われているタイプとは違うというので

その特徴について書かれているサイトなどにも目を通しましたが、う~む…

私自身は対人面での特に先方の発言や行動を、認識できない(しにくい)わけ

ではない(以前記事に書いていますが長いこと営業職でした。割と成績優秀)

という部分で、違うかなぁ…と思うのですが、Dr.によっては判断はどうなるか

分からないと思うのです。

「よく似ていたり、場合によっては同じである可能性」 ここなんですよね、

一体誰が、これを正確に判断できるのかという…(^^;)

 そして出てきましたね「刺激に対する並みならない反応(OE)」…(ーー;)

いやそりゃぁそれについての項目引っ張て来てるんですから当然なんだけどw

 

否定的な分離とは、一般社会的な生き方から受動的・破滅的に離れてしまうことで、行為の主体性を喪失するため精神病自殺を引き起こす可能性がある。それに対して積極的な分離とは、一般的な受身の人生から離れるべく、まず対象から主体的に分離し、物理的あるいは精神的な距離を置くことで、より広い視野を俯瞰し、強い知覚に基づく深い理解を形成し、より高いレベルの認識を求め続けることである。たとえば、一般社会に対してでさえ積極的分離と再融合を繰り返すギフテッドは、自己や世界の概念が徐々に変化しながらも少しずつ社会の矛盾を解きほぐし、問題を認識し、最終的に独創的な生き方のビジョンを得てその解決や克服、その実現を目指す。しかし、その分離過程では、常に、緊張、不安、気分的うつ、恥、罪悪感といった精神的苦痛を伴う。その自己の葛藤は、常に深い感情作用と連動しており、人生の要となる出来事から日常の内省行為まで、世の中がそうあるべき姿と現実世界とのギャップを思い知る強烈な機会となる。

あぁ、分かりにくいwww この「積極的な分離」って何それ美味しいの?w

分離って何から分離すんの? 「一般的な受け身の人生から~」の部分ですが、

ものすごく単純化して矮小化して、私がこんな風だったってのに置き換えてみます。

上のWikiの文章細切れにしていくね。

 

 

否定的な分離とは、一般社会的な生き方から受動的・破滅的に離れてしまうことで、行為の主体性を喪失するため精神病自殺を引き起こす可能性がある。

うんうん、そういう生き方の人物何人か見てる、私の好きな中島らもさんなんかも

酒に薬物、あれを緩やかな自殺と表現する人もいるし。

「否定的分離」はわりと判りやすいと思う。

 

それに対して積極的な分離とは、一般的な受身の人生から離れるべく、まず対象から主体的に分離し、物理的あるいは精神的な距離を置くことで、より広い視野を俯瞰し、強い知覚に基づく深い理解を形成し、より高いレベルの認識を求め続けることである。

あ~、混乱する問題点の一つがこれかも。 「分離」って言葉は共通だけど

「否定的な分離」では単純に一般社会的な生き方から、とされていたものが

「積極的な分離」は一般的な受け身の人生からとなってて、それって単純に

「分離」という同じものの種類の差として、並べて比較していいものなの?

思うのよね。 何からの分離?の、「何」が同一ではない。

説明一段階すっ飛ばして受け身の、がいきなり登場しちゃってる。

 

否定的・積極的って、性格テストなんかによくある、

「そうではない」「どちらともいえない」「そう思う」みたいな、

あるお題についての質問に一本のゲージの左右で否定的・肯定的を

答えるヤツかな?と感じたんですが。

でもこの文章だと否定的と積極的が「対になってる感」が無いので

分かりにくいんじゃなかろうか。 第一、言葉として対ではないよね。

否定的には肯定的、積極的には消極的が対になる言葉だもの。

それなのに「それに対して」と言われるから混乱する気がするのですけど。

 

で、私の昔語りとしましてはw 進学のために家を出て、その後就職して自活し

受け身の人生から脱却すべく、(親から)物理的・精神的な距離を置きました。

まぁ…母親が私にとってやや毒っぽかったってのもあって、家にはほとんど

帰省しませんでした。 学生時代も、社会人になってからも。

この時期がなかったら、今自分を幸福とは思えていない気がします。 

認知症の祖母が原因のいわゆるトラウマも、この時期の経験や様々な人との

出会いでのり越えられたと思っていますし。

 

たとえば、一般社会に対してでさえ積極的分離と再融合を繰り返すギフテッドは、自己や世界の概念が徐々に変化しながらも少しずつ社会の矛盾を解きほぐし、問題を認識し、最終的に独創的な生き方のビジョンを得てその解決や克服、その実現を目指す。しかし、その分離過程では、常に、緊張、不安、気分的うつ、恥、罪悪感といった精神的苦痛を伴う。その自己の葛藤は、常に深い感情作用と連動しており、人生の要となる出来事から日常の内省行為まで、世の中がそうあるべき姿と現実世界とのギャップを思い知る強烈な機会となる。

 

え~っと…w そんな難しく言わないで…(^^;) ツイテイケナイw

一般社会に対してでさえ積極的分離と再融合を繰り返す…そうですねぇ、確かに

一般社会ってのもあいまいだけど、やっぱり誰かに・何かに親密でいたいとは

思います。 普通でありたい、と思っていました。 自分は普通ではない、と

思う気持ち(←ワタシハチャントシテナイ、ダメナコ)が大きかったので。

でもその一方で、べったりってのはカンベンして、とか。

「人間は所詮一人だ」と、「人間は一人では生きられない」の間をゆらゆら。

その揺れてる時期は、そりゃ不安だし、自分の性格にうんざりしたり。

その分離過程では、常に、緊張、不安、気分的うつ、恥、罪悪感といった

精神的苦痛を伴う…のはギフテッドに限らないと思うけど…? 若い時って

そんなもんじゃないのかな。 まぁ全然感じない人も確かにいるけどw

 

最終的に独創的な生き方のビジョンを得てその解決や克服、その実現を目指す。

独創的な生き方かどうかは分からないんですが…う~む、私の実家は両親が

医療関係者だったので、兄も私もその方面に進むことを(暗に、でも強烈に)

期待されていました。 兄は正直勉強とか嫌いな人でw 私は算数障害でw

無理無理無理!な期待。 でも当時は私は算数障害自覚していなかったので

ものすごい罪悪感に苛まれていました。 数学さえマトモに出来ればそっちに

進学は可能だったので。 そういう時期ではありましたが出会った友人から

別の世界を見せてもらえたことが、その後の進路に大きく影響しました。 

それは親にすれば独創的な生き方w 相当腹立ったんだろうなw

まぁ、結果としてはその道に進むこと邪魔はしませんでしたけど。

私個人としては、医療関係に進まずによかったと思っています。 

絶対「病を見て人を見ず」みたいなタイプになった気がするんです。

ある時そのタイプの医者と大喧嘩になって、でももし自分がこの進路を

選んでたら、まさにこういうタイプだっただろうなと確信的に思いました。

多分そうでなければ、日々医療現場に身を置くっていうのは…精神的に

私には耐えられないと思うのよね…間違いなく、病むと思う。 

 

世の中のそうあるべき姿。 うん、やはり理想としての社会を思い描くことは

ずっとしていた気がする。 トータルなことではなくて、小さな部分をとか。

例えば…私は医療現場に近いところで育ったので、人間どう死すべきか、とか

結構子供の頃から間接的につきつけられてきたので、考えざるを得なかった。

植物状態とか、脳死問題とか、大人になって知合う周囲があまりに何も考えてい

なくてものすごく驚いたんですよね。 理想と現実、本音と建て前、無知、無関心。

まさに思い知る強烈な機会が沢山ありました。

 

WikiではOEについて、この後5つの分類がなされています。

どうせならまとめてのほうが読みやすいと思いますのでまた来週。 

Stay tune!(←って言ってみたかったw さーちーもーす!Love♪)

 

 

 

私は「ギフテッド」です。

そして2Eと言うタイプで算数障害をかかえています。

 

自分をギフテッドと認識したのはWikipediaがきっかけでした。

Wikiの記載が「正しい」という保証はないので

それを鵜呑みにはできないと思っています。

ですが実際問題としてかなりの参考になりますし、

他の文献にあたるとっかかりになるので

とても便利だと思います。

 

そうはいっても記載内容は本当に難しい言葉も多いし

具体的に分かりづらいと感じたので

自分のことに当てはめて砕いてみました。

もちろんこれは私の勝手な解釈です。

当て嵌まらないからどうこう、ではないので

ご自身と無理に重ねて悩んだりはなさらないでくださいね。