mouratta’s blog

うっかり半世紀生きてきて、自分がギフテッドと やっと気づいた私。

比較してみる? 

何でこのブログを始めたか…最初の記事は、こちら 

 

札幌、只今国際芸術祭、そしてオータムフェスタ二重開催中。

めちゃくちゃ大掛かりでど派手なわけではないけれど、街なか(郊外も)ふらふらしてると、なんか面白いものに思いがけず遭遇したりします。

10月末には初雪降りますからね、

あっという間に冬が来ますのでね、

9月のうちに夏の残り香楽しむの。 大急ぎw

 

で、昨日は大好きなモエレ沼公園で花火があった。

もちろん夜なので、半袖だともう寒いです。

…う~む、それでね? 

「札幌の9月」、ぎりぎり上旬とはいえ「札幌の」9月に、浴衣って…(-_-;)…どうなんでしょうねぇ。

 

花火=浴衣、って着たい気持ちは分かるんだけどさ…

 

私は、浴衣でお出かけ=夏の夜ってイメージが強くって。浴衣のお嬢さんに強烈な違和感があったってことは、やっぱり札幌の9月って、もう絶対的に夏じゃないんだなと、つくづく思ったことでありますw

素足寒くないのかーーー! 見てる方が寒くて震えるw

若いってすごい!!!( ゚Д゚) 

 

さて、

Wikipediaの「ギフテッド」の記述内容をお借りして、私の場合はこんなんでした…というのをぽつりぽつりと書いております。

 

今回で9回目です。 前回は「一般社会の理解」

今週はその続き、「優秀な子供とギフテッドの比較」

Wikipediaのオリジナルでは表形式になっていますが、細切れで考察していく部分ではフォント別色にしてギフテッドの欄に書き込みを加えています。

「ギフテッド」についてWikipediaより「精神的・社会的な問題」の項目からの引用。記事の最終更新 2017年8月26日 (土) 12:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。 

 

Wikipediaについてですが、 それは常に多くの人々によって編集され、加筆・修正・削除等により、私が参照した時点と現在では記述内容に違いがあったりします。

(引用する場合、記事の最終更新日時を合せて引用していますのでご参照ください)

「どちらが正しい」ではなく、元々Wikipediaの信憑性・信頼性について、絶対的なものではない、ということをご理解ください<(_ _)>

 

  

優秀な子供とギフテッドの比較

ギフテッドは、遺伝により生まれ持った特質な資質と環境との相互作用によるものであるが、幼少期から教育熱心な親と特別な教育方法と本人の一生懸命な学習努力で優れた成績を収める秀才とは一線を画するといわれている。ギフテッドは授業中、深さ、意味、速さ、創造性を絶え間なく必要とするため、一般的な授業を退屈に感じている可能性がある。

優秀な子供(Bright Child) ギフテッド(Gifted Child)
答えを知ってる 質問する
反復6-8回で修得する  反復1-2回で修得する
質問に答える 詳細を討論する、話をそこから展開できる / 質問に疑問をもつ
成績はトップグループ グループ枠を超えた成績
アイディアを理解できる 抽象化思考ができる
興味を示す 非常に好奇心が強い
一生懸命に努力する  遊びながら、集中力に欠けたり、でもよい成績をとる 
同学年の生徒といるのを好む  大人や年上の生徒といるのを好む
よい暗記力  よい推測力
よいアイディア  常識外れたアイディア(とっぴな、ばかげたアイディアに見える)
簡単に学ぶ  退屈、すでに答えを知ってる
学校が好き 学ぶことが好き(でも学校は好きではない)
受容的  真剣、情熱的
自己満足する(正解した時) 厳しい自己評価(完璧主義)
精巧に真似ができる 新しいデザインを創造する
興味を持って聞く 強い情感と意見を表す
単純で順序立てたやり方を好む ゴールを明確に設定し、そこから逆算する。複雑さを求めているような誤解を受ける 
注意深い 

心身ともに熱中、没頭する

 

と、いうことで。 細切れ開始します。

 

ギフテッドは、遺伝により生まれ持った特質な資質と環境との相互作用によるものであるが、幼少期から教育熱心な親と特別な教育方法と本人の一生懸命な学習努力で優れた成績を収める秀才とは一線を画するといわれている。

 

そうですね…まずウチは、教育熱心な親、ではなかったです(^_^;) 子供の頃から「勉強しろ」とは言われなかったですね。 そもそも何にもしなくても成績良かったんで。

小学校程度なら算数もまだ何とかこなせていましたし。 

それに母親も資格をもっていてフルタイムで働いていましたから、教育熱心になる暇もなかったんだと思います。 田舎だったしね。

 

そして田舎だったんで、ちょと歩けばそこはもう疑似自然環境w (いわゆる里山的に人の手は入ってました。 本来の純自然だったら、子供が毎回無事でいられるほど北海道の自然は甘くないですw)

植物・昆虫・両生類・化石・水・季節の移り変わり。

毎日違うわけですよ、目にするものが全て。 

そりゃー楽しくて。

 

気に入った本があれば、読んでる間は机に向かってましたけど、教科書は退屈だったんで興味なくw

勉強する習慣はついぞ身につきませんでした。

 

それが私が長いこと苛まれ続けた自己評価、

「努力しない、飽きっぽい、頑張らない、嫌なことからすぐ逃げる、 出来ないわけじゃないのに、やらない、本当にどうしようもないロクデナシ」

・・・に大きく関係している気はします。

 

ホントに…一生懸命努力して、優秀な成績を収める…てのが、人間としてあるべき姿なんだろうなぁ、世の中はそれが好きなのね、と。

そう出来ない自分としてはちょっとつらい。

 

 一線を画する

他の人はどうなのか分からないけれど、私はそれ、あんまり嬉しくない。

人様からそうされる前に、自分で勝手に一線を画しちゃって、どっぷり劣等感の海に沈んでたから。

 

ギフテッドは授業中、深さ、意味、速さ、創造性を絶え間なく必要とするため、一般的な授業を退屈に感じている可能性がある。

 

こういう言い方すると角が立つかもしれませんが、ハッキリ「教師の力量」で、授業が面白いかどうかが分かれました。

小学校は担任がほとんど全教科見るけれど、中学からは教科ごと。 そうなるともう…やっぱり教師の質ってのが浮き彫りになる。 全ての教科が退屈だったわけではないですから。 

あ、数学はね、退屈ってより仮死状態でしたw 

先生が誰であろうともwww

 

 

さて、Wikiの比較表に、私はこうですってのを書き入れてみました。 カラーの文章が書き入れたものです。

優秀な子供(Bright Child) ギフテッド(Gifted Child)
答えを知ってる

質問する

問題の詳細やその周辺について興味を持って知りたがります。

「秋になると葉が赤や黄色になる」という説明について

 →「何故変化するのか」

 →「緑色は葉緑素。では赤は何の色?黄色は?」

 →「その色は葉緑素が変化するのか、違うのか?」

 てな感じのメンドクサイ生徒ですw

 (小学生くらいの話なのでこういう言葉づかいではないですけど)

反復6-8回で修得する 

反復1-2回で修得する

だいたい先生の説明聞いた時点で分かってしまうので、その後何回もやる意味が分からないし、バカバカしい。

結果、別に反抗してるわけではないが、そう取られがち。

質問に答える

詳細を討論する、話をそこから展開できる / 質問に疑問をもつ

私にすると、設問や説明自体が割と雑だったりします。

「アルコールで拭いて消毒する。」とか言われると

 →「ノロウィルスにアルコールはあまり有効ではない」 とか思っちゃうわけで。 

 さらに「殺菌」「除菌」「滅菌」の違いは何?とかw

 あぁメンドクサイ生徒w

成績はトップグループ

グループ枠を超えた成績

・・・どう超えてるのか分からないですが^^;

まぁ私は2Eなので現国は授業聞くだけでトップ。(高校時代全国模試で一ケタ順位←国語だけね)でも数学ほぼ0点…なので、そういう意味では「超えてる」?w

アイディアを理解できる

抽象化思考ができる

この「抽象化思考」って言葉がなぁ…

イメージするのがどうしたって、「抽象画」の(-_-;)ナニコレ訳わからん…だと思うんですよ。本来は枝葉末節に惑わされず「本質的なものを掴む」です。 

それは普通にやっちゃってる。 意識してないレベルで。 なので会話が続かない要因にもなってたりします。

なんでいきなりそこに飛ぶ?とか、よく言われる。 私にとってはつながってて、全く飛んでないんですけどね。

興味を示す

非常に好奇心が強い

好奇心は猫をも殺すw でもこれとOEが合わさると、かなり痛い目に遭う確率が高いと思うw 結果的に何でもかんでも首突っ込むのは忌避するようになるかも。

一生懸命に努力する 

遊びながら、集中力に欠けたり、でもよい成績をとる 

はい、努力ってことが全然好きじゃありませんw 生真面目にやるのも退屈でつまんないと思っちゃう。 それでも結構いい結果出すことが多いので嫌われますw

一点集中はあまり…あれもこれもそれもという感じで、同時進行のほうが好きです。 B型だからと言われてた。

けど、ギフテッドにもそういう要素あったのか。

同学年の生徒といるのを好む 

大人や年上の生徒といるのを好む

これはまさにそう。

よい暗記力 

よい推測力

暗記しようって頑張ることはあまり無いです。ほとんどがするっと覚えられるので。 

やたらに知識が豊富。なのでそれを利用して推測、予測するのが好き。

推理小説大好きでした。 今も好き。

でもやっぱり50歳代になると記憶力は衰えます。体力が落ちることがかなり影響するんだと思います。 

よいアイディア 

常識外れたアイディア(とっぴな、ばかげたアイディアに見える)

そうですね。 アイディア出すだけなら何でもいいわけで。

実現しろと言われてるわけじゃないなら、どんな訳わからない思い付きでもOKだw

簡単に学ぶ 

退屈、すでに答えを知ってる

なんでそんなこと延々とやってんだよ、つまんねー(-"-)・・・と思ってることもあります。

そんなの、分かりきってることじゃん、みたいな。 

顏に出さないよう努力はしてる。

学校が好き

学ぶことが好き(でも学校は好きではない)

学ぶことは好き。 物事が理解できる瞬間ってサイコー。

学校は…嫌いってことは無かったけど…っていうか、「学校、好き!」って人は、学校の何が好きなんだろう。 友人と会えるとか?先生が好きとか?給食とか?w

受容的 

真剣、情熱的

興味持ったことに向かう傾向が強いんだと思う。 興味があればそりゃ真剣にも情熱的にもなると思う。

自己満足する(正解した時)

厳しい自己評価(完璧主義)

これについては今まで延々と書いてきました。 

つらかったです。

精巧に真似ができる

新しいデザインを創造する

意匠をまるっと真似はしない…真似にはあまり興味ない。

参考にしないとか影響を受けないということではなく。(デザイン的なことです、行動はやってみたいと思って真似することはあります。)

やっぱり自分なりに納得するものを新たに作りたい。 でも、完全コピーはしない。する意味が分からない。

興味を持って聞く

強い情感と意見を表す

これねぇ…OEが発動するとちょっと厄介で…^^;

意見は…事案に賛同しかねる場合、その旨発言できないと、かなり険悪な表情になる…らしいので気をつけてますw 若いころはそういう時に、フラットな表情するの無理だった(^_^;) 最近は大分出来るようになってきたので余計な軋轢の可能性は減りました。

歳とるのもそう悪いことばっかりでもないwww

単純で順序立てたやり方を好む

ゴールを明確に設定し、そこから逆算する。複雑さを求めているような誤解を受ける 

なにか手伝ってくれと頼まれた時に、

どこまでやるの?とか、最終的にどこを目指せばいいの?という質問しがち。

そして何か解決するときに、その解決法を模索してる時には、なんでそんなめんどくさいことまで考えるの?と言われることも多かった。

単純な手順では物足りなかったのかなぁ。

ただ、年齢を重ねると「理屈はいいからとにかくまず手を動かす」ということの大切さも分かるようになってきました。 苦手だけどw

注意深い 

心身ともに熱中、没頭する

興味あることにはねw 

 

という感じですね。

人によると思います。 

それぞれでかなりのバラつきがあると思うんですが。

私はこんな感じです。

 

 

 

私はギフテッドです。

そして2Eと言うタイプで「算数障害」を抱えています。

 

Wikipediaの「ギフテッド」項目を目にしたことをきっかけに、自分がギフテッドであると認識しました。

書かれていることが全て絶対的に正しい…わけではない…ということはきちんと踏まえつつ、その内容について、それぞれに自分はどうであったかを、このところ何週かで書き記しています。

 

今回は「優秀な子供とギフテッドの違いを比較してみる」ってことで。

 

表に書き込みしていくと何故か、だんだん気持ちが沈んでいくw 扱いにくいと思います、こういう子供は。

 

何より「一生懸命に努力」…しない。 

・・・てのがもう(-_-;) 可愛くないよねぇ。

散々言われたよ、ホント。

 

世の中にはこーゆーのがいるんだよね、って、生暖かい目で見ていただくわけには…参りませんでしょうか(^^;)