mouratta’s blog

うっかり半世紀生きてきて自分がギフテッドとやっと気づいた私。

つばらつばらに親との関係性について・そのⅠ 

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朽ちた切り株から新たな樹が育つ光景がとても好き。

毎年5月はちょっと憂鬱です。 

 

もうすぐ終わるので頭を低くしてやり過ごしているのですが、5月に必ず出る話題が『母の日』 私の『母』は実母も義母も他界しているので、まぁ…白いカーネーションでも飾るということになるのかしら。 

義母のことは大好きで、感謝することがとてもたくさんあるってのに… ズボラを体現してるワタシなので結局何もしないんだけど。

 

もう5月末になりましたが、自分の中で4月からは自分と母親の関係について向き合って考えていこうと思っていました。 

ずっと大嫌いだった自分自身の内面部分は果たしてギフテッド特性に由来するのか、それとも母親との関係性に由来するものなのかを「ギフテッド」ということを認識して以来、ぼんやりと考えていたわけで。

 

ですが実際に向き合い始めるとまぁ…思ってたよりずっと手強かった。 自分自身ではもっと消化してると思っていたのですが、所詮は素人の付け焼刃ということだったかと思ったり、案外傷は相当な深手だったのに、気づかぬふりして自衛していたのかと思ったり。 

そうは言っても、もう放置するのはイヤなのです。

ぽつりぽつり、石を抱えても浮上できるだけの地力をつけながら。

 

 

この後にどんなだったかを書きますが、私の母は自分の母親(私の祖母)に対して、祖母の最晩年に「母さんは私に辛く当たったよね」という言葉を直接伝えています。 それに対して祖母は、涙を流して申し訳ないと謝った、と母から聞いています。 

それで全てが水に流せたわけではないでしょうが、一つのセレモニーとして有効だったと思います。 

 

ですが私はそういう機会をついに持たないまま終わりました。

息を引き取る間際の母の手を看護師さんに促されて握り、私はひどく冷めていました。

 

憎いとか嫌いとかは無かったです。 でも悲しみも愛着も無かった。  医師からの死亡宣告を聞きながら、自分がずっと一番恐れていた「私はいつか母を罵倒するのではないか、責め苛むのではないか、それだけはしたくない、そういう人間にはなりたくない。」という懸念は、この先考えずに済むのだなと頭の隅で考えていました。泣きもせず。

 

私は母親との関係性は全くもって良くありませんでした。

 

これは母には責任のないことですが、母の母…私にとって母方の祖母…がなかなかに問題のある人物で、子供たちに「愛情を注ぐ」ということが全く出来なかった人だったようです。 昔のことなので子供は多く、とりあえず7人としておきましょうか(このあたりはフェイク入れさせてもらいます)そのうち上から4人は今の基準なら間違いなく虐待範疇の育て方をされたそうです。 実際、その叔父たちは大人になってから祖母のことを全く顧みませんでした。

 

そして5人目に生まれた男の子がびっくりするほど可愛らしく、絵にかいたような「赤ちゃん」であり、そのまま育っていったそうです(この叔父はもう70代ですが、今でも何というか…童顔ニュアンスのある可愛らしい顔立ちです・口を開くとバリバリの北海道弁でギャップ半端ないのがご愛敬)。 時代性というか、当時その子を連れて外出すると見ず知らずの方にも可愛い、抱っこさせてと言われなかったことはなかったそうです。 そこで祖母は初めて「子供は可愛い」と認識したらしい。

元々祖母が祖父に嫁いだのは、祖父が北海道に渡る前に取り急ぎ嫁をと、今であればそれ人身売買だろうと糾弾されかねない状況だったようです。 まぁ…末期とはいっても明治時代…(多分理解しやすいテキストとしては、かの「おしん」の少女時代が明治です・おしんが奉公に出されたのは7歳、しかも当時は「数え年齢」なので実際はほぼ5~6歳、あるいは「赤とんぼ」の「十五で姐やは嫁に行き」(こちらも数え年齢)は大正時代とされています)今の規範で考えるべきではないのは分かっていますが、現代なら認められない年齢(っつーか現代ならば間違いなく犯罪)でそういう状況に放り込まれて、良妻賢母になって当然…なんて思う方が無茶だろうし。

 

そして以前の記事にも書いていますが、私はこの祖母こそ「ギフテッド」だったのではないかと感じており、そうであればなおのこと、もし私と同じような音声に対するOE的なものがあったとすれば、子供の泣き声や喚き声に適応できなかったのかもしれないですね。

実際私も子供の声は本当に苦手でした。 ウルサイとかってレベルではなく、頭にキリでも刺されたような衝撃というか。 ずっと自分は冷酷で人間失格と思っていましたが、30代半ばに(あれ?平気だぞ?ウルサイけど以前みたいな耐えがたいってことは無いぞ?)とちょっと自分でも驚くような反応となり、今は普通に、あ~子供はね泣くのが仕事さ、お母さん大丈夫かい?仕方ないよね、うんうん…くらいのことを思うようにまでなりました。 ホントにびっくり。 聴力感応性劣化が幸いしてる?

 

で、母のことですが。 こういう母親(私から見て祖母)に育てられれば「子供に無条件で愛情を感じる」母性を培うってのは無理だろうと思います。 結局のところ「私が此処にいられるのは【役に立つから】存在を許されているのだ」という認識しか持てず、そのままその考えに基づいた子育てをします。 私は母のように母親から手を上げられたことはありませんでしたが、精神的にはかなり殴られ続けていたようなものだと長じて後、気付きました。

【役に立つから】此処にいられる=役に立たなければ捨てられる、です。

それは実に…根深い傷となります。 私にとっては今も戦い続けている概念です。 ずいぶん薄れ、慄くことは稀になりましたが、それでも完全に消えてはいません。

 

さらに私は母親に褒められた記憶が一度もありません。

彼女が私を褒めるときは決まって「誰々さんがmourattaのことをこう言っていた」という言い方でした。 そして母が歳老いてからはその言い方は、(なぜそんな風にひと様から褒めてもらえるのか全然わからない、外面が良いのよねこの子は)的なニュアンスを加えるようになりました。

これは脳梗塞の後遺症などで、抑制が弱くなったため溢れてくるようになったのかもしれないですね…と書いてる間にも(いや、これ昔からやられてたぞそういえば)なんてふと細かい記憶が甦ってきてキツイです。

 

こう書いてれば自分が「ギフテッド」の、あまり好ましくない特性をさらに厄介な方向に拗らせたのは無理ないよな、と苦笑したくもなりますな。

 

私が母親に対してはっきりと断絶の気持ちを抱いたのは高校の時でした。

母も本が好きな人で若い時からよく読んでいたのですが、今ではもう半ば忘れられた感のある女性作家がお気に入りで、その作品の中の主人公の名前を本当は私に名付けたかったという話を何度か聞かされました。

そして何度目だったか。 

その主人公について語る母が、「その主人公のA(←同名の方に申し訳ないのでAで)はね、家が貧しくて、苦労して、虐められて虐められて虐められて、本当につらい人生を歩むのよ!」と…何というか「うっとり」とした様で、まるで素敵な夢でも見ているような面持ちで言いやがった。

私の険悪な視線に気付いて、慌てて「最後はね、ちゃんと幸せになるのよ!」なんて取り繕っていましたが、一体自分の子供にそんな辛い境遇の主人公の名前をつけようとするって、どんだけ歪んでるんだか。 

親に向かって「言いやがった」って言い方に引っかかる方いるかもしれませんが、その時の私の気持ちからすればこの言い方でもまだ気を遣ってるわと捨て台詞吐かせて頂きます。 

その名前に反対した父と父方の祖母に心底、感謝しましたw 反対した理由はいわゆる愛称(さっちゃんとか)を設定しにくい名前だったということですが、案外母の黒い感情見抜いてたのかもしれないですね。

そして私は、母親は(当時まだその言葉はありませんでしたが)今で言う毒タイプの親であるとはっきり認識したわけです。

 

今思えば、そのことがあったからこそ割と早い時期に自分の問題点を認識できたのかも。 当時は今のようにメンタル系の治療を受けられる場は全くと言っていいほど無く、薬もまだ開発されておらず、カウンセリングなんてもう、何それ食べられるモノ? 稀に、あー何かアメリカで流行ってるやつ?と知ってる人がいる…程度の認知度でした。

いくつかの大学病院に月1回とかで心療内科のようなものがお目見えし、当初「思春期やせ症」と呼ばれていた拒食症の少女達に対応する必要がある…という認識が医療関係者に広まりだした頃。

とはいえ、親は(特に母親は)子供を無条件に愛し慈しみ全面的に受け入れその健やかな成長を心から願い行動する本能があり、そこから逸脱などしない、するわけがない…的な…私にすれば「それなんて呪い?」と聞きたくなるような「常識」が罷り通っている時代でした。

親が子供を愛せないなどありえない!という…。

 

なので考えようによってはラッキーだったのかもしれませんね。 私はその「呪い」が割と早いうちに解けたわけで。 現在なら情報も多いのですが当時はそうではなかった。 おそらく同じような問題を抱えていても、気づきもせずにいた(あるいは認められぬと抑圧してしまった)方はかなり多かったと思います。

 

私にとって本当に幸いだったのは「ギフテッド」の特性の中の

 ギフテッドの特徴

一般的にギフテッドは同年の人間より速く、深く、広く学ぶ。 

(中略)

高い論証能力、独創性、好奇心、想像力、洞察力、芸術性、共感的理解、豊富な語彙、優れた記憶力を持つ傾向にある。わずかの反復で全体概念を修得しやすい傾向がみられるが、個人差がある。

(中略)

幼少時から優れた論法や推論力を示し、文章または口頭で豊富な語彙を用いることができ、使う語彙に対して鋭敏である。おしゃべりまたは早口であったり、並外れた集中力、幅広い関心、創造性豊かで限りない知識欲、深い分析力、優れた記憶力を持ち、知的好奇心や独創性に富み、鋭い質問をしたり、一風変わった考えを持つこともある。深く速く理解し、短期間の復習で課題を修得でき、その内容を詳細に理解しており、原理や概念を示すことができる

 

…という能力で心理学関係の本を専門誌含めて読みこんで理解していけたことと思います。 しかし同時に生育環境によって下記のめんどくせぇ傾向を拗らせて行ったとも感じています。

 

ギフテッドは時として完全主義の傾向があったり、現実的な高い自己基準を持っていたり、早い時期から内面的な統制の所在(LOC:ローカス ・オブ・コントロール)を発達させ、自己を厳しく評価または非難する傾向がみられたりする。

「ギフテッド」についてWikipediaより「特徴」に関わる一部を引用。 最終更新 2016年9月19日 (月) 06:12 (UTC)

 

タイトルの「つばらつばら」はこちら

言葉も好ましいし、お菓子も大好き(*^。^*)

札幌、鶴屋吉信さん無いのよねぇ…( ノД`)シクシク…