mouratta’s blog

うっかり半世紀生きてきて自分がギフテッドとやっと気づいた私。

見送って、思うこと。

 

 気が付けば8月。 

お久しぶりです。 ずいぶん更新せずにいました。

 

f:id:mouratta:20180807234616j:plain 北海道北竜町のひまわり。

 

先月義父を見送りました。 

まだあれこれと手続きやら連絡やらで落ち着かない毎日です。

 

 

義父は100歳とはいきませんでしたが、かなりの長寿で、しかもその歳まで介護サービスの利用一切なしで独居というのは本当に稀なことだったと思います。

 

ですが、昨年晩秋のころの転倒による大腿骨骨折がきっかけとなって、あれよあれよという間に状態が悪くなっていきました。 一時はかなり回復したのです。それこそリハビリ・看護スタッフが驚くほどの回復でした。

リハビリの状態で介助がついてではありましたが、杖あり、手すりにつかまりゆっくり歩行が出来るまで。 限界を確かめたかったのか、杖無しでも歩くことに挑戦して、十数メートル以上クリアできたとのこと。 

「お世辞ではなくこの年齢でこの努力と回復は他に見た覚えがありません、すごい…!」スタッフさん達の言葉が励みになっていました。

 

しかしおそらくは10年ほど前に軽度の脳梗塞を起こしていたらしく、その後遺症だったのでしょう、転倒する数年前から短い返事をするのがやっとという状態になっていて、年々発語が困難になってきていました。

最初は「最近声を出しにくい」という表現で、本人も私達も単純に一人暮らしで話すことが少ないがための喉の衰えだろうと考え、見過ごしてしまっていたのです。

梗塞は言語野へのダメージではなく、咽頭部分の運動に影響を与えたのではないかと思います。 その結果、頻繁に誤嚥をおこし、肺炎を繰り返しました。 やがて経口では食事ができなくなり、点滴で水分のみを補い続けていましたが、当然衰弱していくわけで…。

 

死亡診断書の死因は「老衰」

そして死因に結びついてはいないが遠因となった疾病として「脳梗塞

 

介護サービス全く利用しない独居から、救急搬送で入院、リハビリ専門病院に転院、そして介護施設へ入居。 介護施設に入居中に2度入院。

最期は介護施設で義妹が付き添っていた深夜、息を引き取りました。

 

義父は基本的には自分の生活スタイルをしっかりと持っていた人で、それを崩すことを好みませんでした。 日々のスケジュール、食事の内容、誰と会うか、どこに出かけるか。 自分自身でそれを決める自由を手放さざるを得ないというのはつらいことだったと思います。

 

施設と本人の状態によるので一概には言えないのでしょうが、義父の入居したところは、施設から提供される以外の飲食は一切できませんでした。

誤嚥傾向があるので義父がそうだったということかもしれませんが、お茶一杯自由に飲めない、果物ひとかけ好きな時に食べられない、普通食が食べられた時期でもそういう状態だったので、何とも言えない切なさを私たちも感じていました。

 

誤嚥による窒息、肺炎の危険性、あるいは持ち込まれた食品から感染症が広がる可能性、それらが原因で入居者が重篤な状態に陥った場合、施設は責任を問われることになるだろう、ではその原因を排除しなければ。

そういう考えに…向かうのは致し方ないのでしょうね。 そしてそういうことを事前に説明されて入居を決めるわけですから。 とは言っても、そんなことまで細かく考えているかといえば…どうでしょう、そもそも選択できるだけのバリエーションはあるのだろうか。

 

親を、家族を見送るということは、相当にハードな問いに答えを出していくことの連続です。

 

最期をどう迎えるか。 

私たちもそうでしたが、出来る限り穏やかに、痛くなく、苦しくなく。 おそらくほとんどの家族はそう願うと思います。

ですがそれはあくまでほんわりとしたイメージのようなもの。

例えが適切かどうか分かりませんが、「理想のお相手は?」という問いに「そうですね…やっぱり『優しいひと』かなぁ」的な答えだと思います。

 

具体的な事例ひとつひとつを提示されると、いかにちゃんと考えていなかったか、思い知らされま…す…いえ、「ました」。 私は。 

そう、他人ごとではなく、私はそうでした。 

 

例えば、経口で食事が取れなくなったとき、胃ろうは義父本人が望まないとずっと以前から言い続けていたことでしたから迷いなく選択できましたが、痰の吸引をどうするか(夜間は看護師資格を持つスタッフが不在のため、医師の往診を依頼するしかなくなるが、夜間に何度も依頼する状況になった場合その都度依頼しますか?)とか、今まで服用していた薬の見直しであるとか、点滴をどこまで継続するかとか。

心臓マッサージは、AEDの使用は、人工呼吸器は…。

生命維持に関わることを全て、当の本人以外が決めていく。

そしてその決断をするのに与えられる時間的猶予はごく少ない。

 

私は両親が医療職にあったことで、私自身はそうではありませんが、子供の頃からその環境に馴染んでいたのと、既に二親を見送っていたこと、さらにこのはてなブログの中にかなり突っ込んだターミナルケア(終末期医療)について啓蒙しておいでの医療者の方がいらして多くのことを学ばせて頂けたことが本当に助けになりました。

 

ただ、今回強く感じたのは、そういう判断をするための基礎知識を持ち合わせている人は多くはない、ということ。 だからこそ勉強は大事だし、なによりこういうことを自分のこととして元気なうちからしっかりと考えておくこと、家族で(もちろん親とも)話し合っておくこと。

それが本当に大切だということ。

 

この先、そう遠くない時期に私の順番が回ってきます。

うむ、本当に。 そんなに時間は無いのよね。

 

 

義父の遺骨は七七日過ぎに納骨する予定で都内の義弟が御守しています。 我が家ではサブお供えとして豆皿をいくつか並べてご飯やお味噌汁、お漬物を並べていますけれど、ただ、義父はハイカラさんで朝は必ずコーヒーとパンの人でした。 なので休日はサブお供えもパンとコーヒーw

先日、器を洗おうとしたら、コーヒーが淹れた時より減ってたの。

ふふ、お飲みになりたかったのでしょうね、喜んで頂けたなら良かった。