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mouratta’s blog

うっかり半世紀生きてきて、自分がギフテッドとやっと気づいた私。

ドンブロフスキさん、かく語りき…五つのOE。

何でこのブログを始めたか…最初の記事は、こちら 

 

前々回からWikiの「ギフテッド」より「ギフテッドの特徴」をお借りして

私の場合はこんなんでした…というのをぽつりぽつりと書いております。

今回はその続き、3回目です。 

 

ギフテッドの特徴として「OE」ということが言われるのですが

その訳語が「過度激動」…(ーー;) 

なんのこっちゃそれ?と思わざるを得ないw

そしてOEと言われるとつい、昔々TDL…あれ?もう当時TDRだったかな?

アトラクション、キャプテンEOを思い出してしまうお年頃w 観てないけどw

前回同様、細切れにして自分はどうなんだろうなぁって考えてみます。

 

「ギフテッド」項目内のOE(Overexcitabilities、過度激動)より引用

最終更新 2016年9月19日 (月) 06:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

 

ドンブロフスキは、短時間の単純な感情は人格の成長にあまり影響はなく、否定的感情も含めた激しい感情作用こそが人生を変えるような劇的な体験をもたらし、積極的な分離を起こすと考えた。つまり精神的苦痛は、個人が心理的により高いレベルへ成長するために不可欠であり、その深い感情作用を最大にもたらすものはOEである、と結論付けている。ギフテッドの子供が、OEという平均以上に敏感な精神状態にあることは、勉学や芸術で著しい成果をあげるだけでなく、日常におけるすべての活動においても精神に特異な反応を起こしていることを示す。つまりギフテッドは、誕生時より常に外界・内界両方からの刺激を増長した精神で感じ、激しく深い幅をもって経験し、内省を繰り返していることが、彼らの著しい成長に関連しているという仮説である。

 

えっと…まずこのどん風呂不好き…(ーー;) だれがそんな変換しろとw

ドンブロフスキさん。 誰なの? どんな人なの?

単にドンブロフスキだけだとポーランド国歌の「ドンブロフスキのマズルカ」が

検索でわらわらっと出てきますが、そちらではなく。 

 

カジミェシュ・ドンブロフスキ(Kazimierz Dąbrowski, 1902年9月1日 - 1980年12月26日)はポーランド心理学者、精神科医、詩人である。。「積極的分離理論」(Positive Disintegration)を提唱。

英語とポーランド語の著書が多くあるが、現在日本語訳されたものはない。

wikipedia 最終更新 2016年12月6日 (火) 07:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

 

え~っと…積極的分離理論。 

先週「積極的」と「否定的」は対じゃないでしょ、と文句言いましたがw

やっぱり翻訳って難しいです。 現在日本語訳されたものは無いのかぁ。

いまでこそ「ポジティブ」は普通に使われているけど、60年代ではねぇ。

 

積極的分離理論Theory of Positive Disintegration, TPD)は、緊張不安症状、過度な感情表現(Overexcitability)、過度な反応などを人格の成長要素とする、1960年代カジミェシュ・ドンブロフスキ提唱の人格発達(人格心理学)理論。

Wikipedia 最終更新 2014年5月27日 (火) 00:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。 

 

OEは今「過度激動」と訳されてることが多いようですが、この「過度な感情表現」

のほうが感覚的に理解しやすいと思うんだけど、アカデミックな風じゃないから

使われないのだろうか。 「激動」って…( ゚Д゚)バクハツダァ!ってつい思うw

さて、これらの前提を踏まえて改めて内容を細切れに当てはめていこうかと。

 

ドンブロフスキは、短時間の単純な感情は人格の成長にあまり影響はなく、否定的感情も含めた激しい感情作用こそが人生を変えるような劇的な体験をもたらし、積極的な分離を起こすと考えた。つまり精神的苦痛は、個人が心理的により高いレベルへ成長するために不可欠であり、その深い感情作用を最大にもたらすものはOEである、と結論付けている。

 

…そうですねぇ。 精神的苦痛って、その渦中にいる時はホントに…辛くて。

耐える、耐える、耐えて耐えて、打ちひしがれ、時には戦い、あるいは逃げ。

でも今50代になってみると、「人生に無駄なことなし」とホントに思います。

「あの頃はさ、ホントに、明日人生にケリをつけようって思い続けてた、毎日。」

「でもね、あれがあったから、結果良かったんだと思う。」

「あれも、これも、無駄なことってひとつもなかった。」

そう思えるのですよね…これは同じ年代の「話の合う」人たちは口を揃えて

言うことなんです。 そして「年取るのって、悪くない」って。

もちろん「今渦中にいる」人には、ふざけんな、あんたら幸運なだけ!と

反感持たれるのが落ちだろうなとは思います。 私もかつてそう思ってたし。

でもあの精神的な苦痛がなかったら、こういう考えを持つような人間には

なっていなかったと思うし…成長した、という感覚は持てなかったと思います。

「あれ」って何だよ、って思われるかもしれませんが、それはまさに色々、様々。

自分の頭の中ではあれやこれや、目まぐるしく浮かんでは消えて。

どれか一つということではありません、つらかった記憶、あれこれです。

ただ、同じ状況下にあっても、OEの傾向を持つかどうかで受け止め方や影響は

大きく異なるだろうなということは強く感じます。

 

  ギフテッドの子供が、OEという平均以上に敏感な精神状態にあることは、勉学や芸術で著しい成果をあげるだけでなく、日常におけるすべての活動においても精神に特異な反応を起こしていることを示す。つまりギフテッドは、誕生時より常に外界・内界両方からの刺激を増長した精神で感じ、激しく深い幅をもって経験し、内省を繰り返していることが、彼らの著しい成長に関連しているという仮説である。

 

ギフテッドの特異性の根本はOEで、それが著しい成長を促している…

ということでいいのかな? でもこれって、なかなか実証するのは難しそうだし

そう感じているということを、説明することも困難だと思う。

そもそもOEはやはり脳の機能がそういう傾向を持っているから起こるってことに

 なるのだろうか。 で、具体的にOEってのはドンブロフスキさん、

下記の五つに分けてますね。 

私自身はそれぞれについてどんななのかちょっと考えてみました。

 

 

 ドンブロフスキはOEを次の5つの分野に区分けした。

1.精神運動性OE:一般的に「落ち着きがなく頭の回転が速い」印象を与えるもので、身体的多動だけでなく、話すスピードが速い、話が一気に飛躍する、頭が働いて眠れない、という精神的多動を示す。

 

私は身体的な多動傾向はあまり無いと思います。 じっとしてるの平気w

でも一つことをじっくりやるってのはあまり好きじゃないです。 

よく一つずつ順番に仕事を片付けていく人がいるけど、私はそれだと飽きる。

我慢してやるけれど、効率落ちます。 これって多動なのかな?

話すスピード、そうですねぇ…やや速いかな。 一気に飛躍、これはあります。

でも自分としてはちゃんと繋がってるんですけど(^^;)

頭が働いて眠れない…はあまり無いんですが、すごく面白い本を読んでいる時

頭の中で動いている物語の展開に目が字を追うスピードが付いていけず、ページを

めくるのがもどかしくて…という感覚が起きることはあります。 こういう時は

脳が疾走している感じw

 

2.知覚性OE:「神経質」という言葉で表される性質で、増長した知覚意識を持ち、まぶしい光、大きい音、匂い、触感など感覚器官に与えられた刺激に過剰に反応する。靴下の縫い目や服のラベルが気持ち悪かったり、隣室の時計の時を刻む音が気になって集中できない、などの例がある。鋭い感性は、幼少の頃から絶景に息を呑み、名曲に涙を流すといった美的感覚にも通ずる。

 

過剰に反応してるのかなぁ、秩序のない大きい音、嫌いな香水、イヤです。

匂いについていえば、昔、アジアのとある国から帰国して、ほぼ半月、全く

ものが食べられなくなりました。 誇張ではなく、ホントに、口にできたのは

コーラとジャワティーだけ。 コーラは一日に2~3リットル飲んでました。

半月で8キロちょい痩せました。 空腹感はあるので、作ったり買ったりするの

ですが、いざ口元まで箸を運ぶと食べられない。 そのまま箸を置く…です。

ある日、仕事が全く出来なくなってきたことに気付きました。 伝票が書けない。

ペン持って、書き始めて、5分でペン置いて休んでる。 集中できない。

その時、実は拒食症治療受けてもいいレベルにまでBMIも落ちていました。

さすがにこれはヤバイと思い、とりあえずじっと考えて、食べられそうなもの、

とあるお店の蕎麦でした。 そこに行き、そ~っと…何とか食べられて。

そこから1週間ほどで普通に食事が取れるようになりました。 

その後、リバウンドしましたよぉw  で、なぜそうなったのか理由が全く

分からなかったんですが、十数年経って、あることがきっかけでたぶん匂いだと

思い当たりました。 当時はアジアのとある国の食物は農業もとてもシンプル。

日本の食べ物、比べると本能的に何がしか毒っぽい匂いがしたんだろうなぁ…。

コーラが飲めたのは何なんでしょう。 全然好きじゃなかったんだけどw

ジャワティーは分かる。 今はめったに飲まない。 明らかに味が悪くなった。

幼少の頃から絶景に息をのみ…はその通りです。 特に著名な観光地でなくとも

北海道は四季折々に絶景が出現します。 ずっと見ていて飽きませんでした。

授業がつまんなくて、窓の外ばかり見ている私に「何をそんなに見ていられるのか」

「何が面白いのか」と訊く生徒もいましたw 

音楽も、独特な経験がいくつかあります。 それはまた後日にでも。

 

3.想像性OE:隠喩などの詩的表現に優れる。「注意力散漫」と見られ、「おとぎの国の住人」と揶揄されるほどの強い想像力をもつ。白昼夢を楽しみ、前夜見た夢にも過剰に反応する。いわゆる英語圏で言うところの、"think out of the box"(枠にとらわれない独創的な考え方)あるいは"think different"ができる能力として賞賛される資質である。

 

詩的表現はどうか分かりませんが、文章表現力は高い評価を得ることが多かったです。

注意力散漫…は、つまんないことに興味向けませんのでねw 

白昼夢ってのはちょっと違うと思うんですが、読んだ本の内容を映像化してる時が

あるので、そんなときは他からはそう見えるかも。

 

4.知性OE:一般に広く知られているギフテッドの特徴。知識とロジック、新しい意味を渇望し、疑問を追求し、理論的な分析や真実の探求を愛する。そのため高度な科学・ドキュメンタリー番組を好んで見たり、頭脳パズル、知覚・論理ゲームを好む。

 

まさにこれは強くあります。 残念ながら算数障害なので「数独」パズルは

見ただけで怖気づいて逃走しますが、クロスワードなんかはよくやります。 

私の世代だと多胡輝さんの「頭の体操」シリーズが人気で、大好きでした。

TV、ドリフも見たけどw クストーの海のシリーズとか。 クイズも好き。

 

5.感情性OE感情の種類と幅が大きく「ドラマチック」な反応を示す。より楽しみ、より悲しみ、より腹立ち、より驚き、より恐れ、より共感する。深く感情移入し、愛着心、責任感、自省意識も非常に強い。ある程度の人生経験を持つギフテッドには、相手の気持ちを鏡のようにリアルタイムで読取り、共感する人もいる。

 

そうかもしれない。 特に感情移入は深い…と思います。 

最近は大分落ち着いてきましたが、東日本大震災の後、関わることを目にするたび

涙が止まらず困りました。 話すことも出来ずにいて話せば泣いちゃうし。 

繊細とか、そういうのでもなく、相手の気持ちを読み取り、共感しているのかも

しれないですね。 意識してじゃないけど。

責任感、自省意識も非常に強い。 これホントに苦痛の元w

 

で、共感ってことに関係あるのかなぁ、私自身はマッサージされるの大の

苦手なのですが(微妙にツボ外れたりすると気持ち悪くなってくる)

ダンナや肩こり友人にマッサージするのはすごく得意です。 

「何故そこが分かったの!?」というツボをジャストヒットするのですが、

その時、ものすごい生あくびが出ます。

眠いわけでも疲れたわけでもないのに、顔中口になるくらいの大あくびが

止まらなくなります。 涙もとめどなく…あくびのせいって以上に。

吸い取ってるのかなぁ、私、煙突?なんて話しながらぎゅ~っとw

マッサージ終えたとたんにけろっと止まるんです、あくびも涙も。

 

どの分野のOEが強いかは個人差がある。たとえば、高い知覚性OEを持つギフテッドは外界からの刺激に対して非常に敏感であり、五感のいくつかが働きすぎて作業に集中できないため、混雑や混乱した環境を避けようとする。一方、知覚性OEが低く、妨害をすべて遮断して作業や思考に集中でき、むしろ五感への刺激が存在する只中に身を置くことを好み、その状況下で上手くやっていけるギフテッドもいる。OEが強いほど毎日の生活が強烈な体験となるが、特に想像性、知性、感情性において過剰に反応する人は、他人に比べて日常生活を深遠に体験し、人生の苦楽も激しく感じる。

 

「ギフテッド」の定義が定まりにくいのはこういうことがあるのでしょうか。

どのタイプかで随分違ってきますもの。

 

 

私は「ギフテッド」です。 

そして2Eというタイプで算数障害をかかえています。

 

ギフテッドの特徴とされるOEについて、

1960年代に提唱された理論であるとのこと。

こちらもそろそろ半世紀の時を経てますが、

ギフテッドの議論の中でブラッシュアップされているのかしら?

でも当て嵌まる部分、実際にそういう経験をしている部分は

自分自身にあります。 強弱はあれど。

 

で、このOEの訳語「過度激動」って

「過度な感情表現」のほうが、まだもうちょっと分かりやすいと

思うんだけど、学術語っぽくないとダメなのかなぁ?(^^;)

OE(過度激動)とか言われても…(^^;) ま、まずはこんなとこから。

何でこのブログを始めたか…最初の記事は、こちら 

 

前回からWikiの「ギフテッド」より「ギフテッドの特徴」をお借りして

私の場合はこんなんでした…というのをぽつりぽつりと書いております。

今回はその続き、2回目です。 

 

「ギフテッド」についてWikipedeiaより「特徴」に関わる部分の特にOEについてを引用。

 最終更新 2016年9月19日 (月) 06:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

OE(Overexcitabilities、過度激動)

ギフテッドの人間には異常なほどの熱情、並外れた集中力、一般人とは一風変わったふるまいが見られる。これは多動性障害双極性障害自閉症スペクトラムやその他の心理的障害の兆候によく似ていたり、場合によってはおなじである可能性も否定できない。一方で、ギフテッド教育の専門家はドンブロフスキは「積極的な分離」(w:en:Positive Disintegration) [6]という人格形成理論を主張している。ドンブロフスキの積極的な分離理論の中核をなすのが、刺激に対する並ならない反応OE Overexcitabilities 過度激動)である。これは神経の感受性が増すことによって通常の人間よりも刺激を生理的に強く経験する性質であり、ギフテッドの特徴である。

 

自分自身のことで言えば、自閉症スペクトラムアスペルガー、中でも

成人女性のアスペルガーの特徴とされることに重なる部分はあると思います。

アスペルガーの中でも女性は従来言われているタイプとは違うというので

その特徴について書かれているサイトなどにも目を通しましたが、う~む…

私自身は対人面での特に先方の発言や行動を、認識できない(しにくい)わけ

ではない(以前記事に書いていますが長いこと営業職でした。割と成績優秀)

という部分で、違うかなぁ…と思うのですが、Dr.によっては判断はどうなるか

分からないと思うのです。

「よく似ていたり、場合によっては同じである可能性」 ここなんですよね、

一体誰が、これを正確に判断できるのかという…(^^;)

 そして出てきましたね「刺激に対する並みならない反応(OE)」…(ーー;)

いやそりゃぁそれについての項目引っ張て来てるんですから当然なんだけどw

 

否定的な分離とは、一般社会的な生き方から受動的・破滅的に離れてしまうことで、行為の主体性を喪失するため精神病自殺を引き起こす可能性がある。それに対して積極的な分離とは、一般的な受身の人生から離れるべく、まず対象から主体的に分離し、物理的あるいは精神的な距離を置くことで、より広い視野を俯瞰し、強い知覚に基づく深い理解を形成し、より高いレベルの認識を求め続けることである。たとえば、一般社会に対してでさえ積極的分離と再融合を繰り返すギフテッドは、自己や世界の概念が徐々に変化しながらも少しずつ社会の矛盾を解きほぐし、問題を認識し、最終的に独創的な生き方のビジョンを得てその解決や克服、その実現を目指す。しかし、その分離過程では、常に、緊張、不安、気分的うつ、恥、罪悪感といった精神的苦痛を伴う。その自己の葛藤は、常に深い感情作用と連動しており、人生の要となる出来事から日常の内省行為まで、世の中がそうあるべき姿と現実世界とのギャップを思い知る強烈な機会となる。

あぁ、分かりにくいwww この「積極的な分離」って何それ美味しいの?w

分離って何から分離すんの? 「一般的な受け身の人生から~」の部分ですが、

ものすごく単純化して矮小化して、私がこんな風だったってのに置き換えてみます。

上のWikiの文章細切れにしていくね。

 

 

否定的な分離とは、一般社会的な生き方から受動的・破滅的に離れてしまうことで、行為の主体性を喪失するため精神病自殺を引き起こす可能性がある。

うんうん、そういう生き方の人物何人か見てる、私の好きな中島らもさんなんかも

酒に薬物、あれを緩やかな自殺と表現する人もいるし。

「否定的分離」はわりと判りやすいと思う。

 

それに対して積極的な分離とは、一般的な受身の人生から離れるべく、まず対象から主体的に分離し、物理的あるいは精神的な距離を置くことで、より広い視野を俯瞰し、強い知覚に基づく深い理解を形成し、より高いレベルの認識を求め続けることである。

あ~、混乱する問題点の一つがこれかも。 「分離」って言葉は共通だけど

「否定的な分離」では単純に一般社会的な生き方から、とされていたものが

「積極的な分離」は一般的な受け身の人生からとなってて、それって単純に

「分離」という同じものの種類の差として、並べて比較していいものなの?

思うのよね。 何からの分離?の、「何」が同一ではない。

説明一段階すっ飛ばして受け身の、がいきなり登場しちゃってる。

 

否定的・積極的って、性格テストなんかによくある、

「そうではない」「どちらともいえない」「そう思う」みたいな、

あるお題についての質問に一本のゲージの左右で否定的・肯定的を

答えるヤツかな?と感じたんですが。

でもこの文章だと否定的と積極的が「対になってる感」が無いので

分かりにくいんじゃなかろうか。 第一、言葉として対ではないよね。

否定的には肯定的、積極的には消極的が対になる言葉だもの。

それなのに「それに対して」と言われるから混乱する気がするのですけど。

 

で、私の昔語りとしましてはw 進学のために家を出て、その後就職して自活し

受け身の人生から脱却すべく、(親から)物理的・精神的な距離を置きました。

まぁ…母親が私にとってやや毒っぽかったってのもあって、家にはほとんど

帰省しませんでした。 学生時代も、社会人になってからも。

この時期がなかったら、今自分を幸福とは思えていない気がします。 

認知症の祖母が原因のいわゆるトラウマも、この時期の経験や様々な人との

出会いでのり越えられたと思っていますし。

 

たとえば、一般社会に対してでさえ積極的分離と再融合を繰り返すギフテッドは、自己や世界の概念が徐々に変化しながらも少しずつ社会の矛盾を解きほぐし、問題を認識し、最終的に独創的な生き方のビジョンを得てその解決や克服、その実現を目指す。しかし、その分離過程では、常に、緊張、不安、気分的うつ、恥、罪悪感といった精神的苦痛を伴う。その自己の葛藤は、常に深い感情作用と連動しており、人生の要となる出来事から日常の内省行為まで、世の中がそうあるべき姿と現実世界とのギャップを思い知る強烈な機会となる。

 

え~っと…w そんな難しく言わないで…(^^;) ツイテイケナイw

一般社会に対してでさえ積極的分離と再融合を繰り返す…そうですねぇ、確かに

一般社会ってのもあいまいだけど、やっぱり誰かに・何かに親密でいたいとは

思います。 普通でありたい、と思っていました。 自分は普通ではない、と

思う気持ち(←ワタシハチャントシテナイ、ダメナコ)が大きかったので。

でもその一方で、べったりってのはカンベンして、とか。

「人間は所詮一人だ」と、「人間は一人では生きられない」の間をゆらゆら。

その揺れてる時期は、そりゃ不安だし、自分の性格にうんざりしたり。

その分離過程では、常に、緊張、不安、気分的うつ、恥、罪悪感といった

精神的苦痛を伴う…のはギフテッドに限らないと思うけど…? 若い時って

そんなもんじゃないのかな。 まぁ全然感じない人も確かにいるけどw

 

最終的に独創的な生き方のビジョンを得てその解決や克服、その実現を目指す。

独創的な生き方かどうかは分からないんですが…う~む、私の実家は両親が

医療関係者だったので、兄も私もその方面に進むことを(暗に、でも強烈に)

期待されていました。 兄は正直勉強とか嫌いな人でw 私は算数障害でw

無理無理無理!な期待。 でも当時は私は算数障害自覚していなかったので

ものすごい罪悪感に苛まれていました。 数学さえマトモに出来ればそっちに

進学は可能だったので。 そういう時期ではありましたが出会った友人から

別の世界を見せてもらえたことが、その後の進路に大きく影響しました。 

それは親にすれば独創的な生き方w 相当腹立ったんだろうなw

まぁ、結果としてはその道に進むこと邪魔はしませんでしたけど。

私個人としては、医療関係に進まずによかったと思っています。 

絶対「病を見て人を見ず」みたいなタイプになった気がするんです。

ある時そのタイプの医者と大喧嘩になって、でももし自分がこの進路を

選んでたら、まさにこういうタイプだっただろうなと確信的に思いました。

多分そうでなければ、日々医療現場に身を置くっていうのは…精神的に

私には耐えられないと思うのよね…間違いなく、病むと思う。 

 

世の中のそうあるべき姿。 うん、やはり理想としての社会を思い描くことは

ずっとしていた気がする。 トータルなことではなくて、小さな部分をとか。

例えば…私は医療現場に近いところで育ったので、人間どう死すべきか、とか

結構子供の頃から間接的につきつけられてきたので、考えざるを得なかった。

植物状態とか、脳死問題とか、大人になって知合う周囲があまりに何も考えてい

なくてものすごく驚いたんですよね。 理想と現実、本音と建て前、無知、無関心。

まさに思い知る強烈な機会が沢山ありました。

 

 

WikiではOEについて、この後5つの分類がなされています。

どうせならまとめてのほうが読みやすいと思いますのでまた来週。 

Stay tune!(←って言ってみたかったw さーちーもーす!Love♪)

 

 

 

私は「ギフテッド」です。

そして2Eと言うタイプで算数障害をかかえています。

 

自分をギフテッドと認識したのはWikipediaがきっかけでした。

Wikiの記載が「正しい」という保証はないので

それを鵜呑みにはできないと思っています。

ですが実際問題としてかなりの参考になりますし、

他の文献にあたるとっかかりになるので

とても便利だと思います。

 

そうはいっても記載内容は本当に難しい言葉も多いし

具体的に分かりづらいと感じたので

自分のことに当てはめて砕いてみました。

もちろんこれは私の勝手な解釈です。

当て嵌まらないからどうこう、ではないので

ご自身と無理に重ねて悩んだりはなさらないでくださいね。

ギフテッドの特徴とされることについて思うこと… まず前提として。

何でこのブログを始めたか…最初の記事は、こちら 

 

「ギフテッド」について

それを確実に判定する「定義」はいまだに確立はされていないようです。

・・・というか、確立することって無いかも…(^^;)

 

やはりアメリカの文献が多く、あとはカナダとか。 

私は英語はPPAPなら理解できるよ!ってレベルですのでw

海外に(特にアメリカが多し)お住いでギフテッド・チャイルドを

育てていらっしゃる親御さんのブログ等を拝読させて頂きました。

 

そういう方々のブログでも、お住いの地域(市町村・州・国)や

時代的にいつ頃なのか等で、ずいぶん判断基準のばらつきがあります。

私があちこちお邪魔して拝見した中では、少なければ3つ、

多いものでは42…の「特徴」があげられていました。

そしてそれも時代とともに揺らぎが見られます。

 

当初、「ギフテッド」判定に最も重視されたのは「高いIQ」でした。

今でもその傾向はあるのですが、「必ずしもそうではない」とされたり。

 

ただ、この「必ずしもそうではない」は、

=「突出したものは無くてもいい」…ではないんだろうなぁ、やはり。

従来の一般的なIQテストでは計りきれない場合がある、という感じ。

 

私についていえば、算数要素の強い内容であれば

まったく平均以下の数値になるだろうと確信できます。

その代り、(日本語の)言語要素の強い内容なら

相当なハイスコア叩き出すと思います。

テスト内容にものすごく左右される可能性が高いと思っています。

 「高いIQ」は要素として重要なのだという感じがしますが

それは今までのような「平均された」IQ数値ではなく、

従来のIQテストでは計りきれない突出したものが確かにある、

という意味でとらえた方がしっくりくるのではないかと。

 

 

さて、参考文献の元々が英語。 となると、そもそも日本語に、

「その単語にイコールの言葉って日本語に無いんじゃないのかな?」

 

ブログ主の皆さま方は在住の方がほとんどで、英語はご堪能と思われ、

とても手をかけて翻訳されているのを感じるのですが

本当に大変だったのではとお察しします。

言葉選びをすごく迷われたんじゃないかと思うんですよね。

言葉って、その国、民族の文化と切り離せないので単純にイコールでは

いかないものですし…

 

「OE」Overexcitabilities とか言われても。

「過度激動」と研究書で訳されていますが・・・ そんな言葉を聞くと、

私のイメージは往年の岡本太郎さんの「爆発だぁっ!!!」

じゃぁないよな…と分かってはいるけどw

 どうもこういう、研究者が翻訳して名づけました的な言葉って、

そういう現場に遠いところに暮らす人々との乖離を生みがちな気がする。

 

昨年末に

 というわけで、ネット上で「ギフテッドの特徴」とされてることについて

この後、ぽつりぽつりと自分なりに考えていこうかと思います。

そうは言ってもあまり難しいことは無理なんでw

こういうことを言ってるサイト見たけど、私はこんな風なんですよねぇ

って感じのお話しを、年明けあたりからおいおいに。

と考えていたわけですが、とりあえずやはりWikiから始めようと思います。

私が自分自身を「ギフテッド」と認識できたのもWikiのお陰ですし。

 

ただ予めはっきりとしておかなければならないのは、

Wikipediaの記載がすべて正しい、

あるいはきちんと検証されているわけではないということです。

そもそも「正しい」とは何ぞや、から始まると思いますし、

最近はもっぱら「パラダイム」という言葉が幅を利かせてきているように、

「永遠の真理」なんてホントにあるの?

という気分になるような時代ではありますが。

この「わけではない」ということはWikipedia 自身が明確に表明しています。

そこから引っ張ってくるわけですから、異論各論噴出するとも思います。

 

ではありますが。

私自身が「ギフテッド」という概念を認識したところを

スタート地点にするのが最も自然に思います。 私のブログなんでねw

 

有難いことに、Wikipedia は引用や参照することを

いくつかのルールを守ればOKとしていますので、利用させていただきます。

まずは「ギフテッドの特徴とされていること」をこちらに引用します。

全体はあまりに長文ですので小分けにして。

 

 

「ギフテッド」についてWikipediaより「特徴」に関わる一部を引用。

 最終更新 2016年9月19日 (月) 06:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

 ギフテッドの特徴

一般的にギフテッドは同年の人間より速く、深く、広く学ぶ。しかしこれは個人差がある。ギフテッドの子供は幼いうちから話したり文字を読んだりするが、必ずしもこれが全てのギフテッドの幼少期にあてはまる特徴というわけではない。ずいぶん年上の子供と同レベルで学習することもある。高い論証能力、独創性、好奇心、想像力、洞察力、芸術性、共感的理解、豊富な語彙、優れた記憶力を持つ傾向にある。わずかの反復で全体概念を修得しやすい傾向がみられるが、個人差がある。

 

上記についてはまさにその通りでした。 話し始めたのは割と早かったはずです。

文字もあまり苦労せず認識したと思います。 漢字の習得も早い方でした。

書くのはちょっと得意な程度でしたが、読みは小学校4,5年で高校の教科書を

不自由なく読めました。 分からない漢字は辞書ですぐに調べました。

一度調べればほぼ覚えてしまい、その言葉の周辺の語彙もついでに覚えてました。

 

ギフテッドといっても、全ての学術分野に等しく秀でていることは稀だろう。たとえば、論理問題を解くのが非常に優れているのに文字の綴りが苦手であったり、あるいは、学年平均よりずっと秀でた読み書きができる一方で数学が苦手であったりする。個人の発達の遅れに様々なケースがあるように、ギフテッドにも様々なケースが存在することが指摘されている。

 

まさしく「学年平均よりずっと秀でた読み書きができる一方で数学が苦手」でした。

苦手なんてもんじゃなかったです。 数学になった瞬間から全くダメでした。 

今でも因数分解一体どういう意味があるのか、なんなのか分からないです。

 

肉体的、精神的に繊細で敏感であったりする。幼少時から優れた論法や推論力を示し、文章または口頭で豊富な語彙を用いることができ、使う語彙に対して鋭敏である。おしゃべりまたは早口であったり、並外れた集中力、幅広い関心、創造性豊かで限りない知識欲、深い分析力、優れた記憶力を持ち、知的好奇心独創性に富み、鋭い質問をしたり、一風変わった考えを持つこともある。深く速く理解し、短期間の復習で課題を修得でき、その内容を詳細に理解しており、原理概念を示すことができる[9]

 

幼い頃のことなのでどこまで記憶にとどめているか危ういのですが、

特に言葉は本を読みふける中で語彙を増やし、自由に操るようになっていきました。

作文、読書感想文はだいたい常に最高評価を貰っていた記憶があります。 

 

ギフテッドは時として完全主義の傾向があったり、現実的な高い自己基準を持っていたり、早い時期から内面的な統制の所在(LOC:ローカス ・オブ・コントロール)を発達させ、自己を厳しく評価または非難する傾向がみられたりする[9][10][11]

 

完全主義は成人後30代後半まで私を苦しめた要因の一つです。 

何についても自分で満足できる水準でないとそれは

「不出来なもの」「価値のないもの」でしかありませんでした。

これがとても強い劣等感を抱く原因となり、いろいろ問題が起こりました。

自分への自信が全くもてず、その裏返しに虚勢を張る生き方。ヤなヤツ。

自分はとても役立たずで、価値のない人間だと常に感じていました。

 

一生懸命勉強せずとも際立った学習成績を修めるという特徴が一部のギフテッドにはみられるが、これも個人差がある。ギフテッドは授業に興味がわかない、興味のある事以外はやりたがらなかったり、本人にとり意味の見出せない暗唱や機械的な丸暗記を嫌がったり苦手であったり、クラスや課題に集中できなかったり白昼夢していたり、周りとうまく合わせることができない、一般的な学校の勉強に興味を示さず成績は芳しくない、学校で問題児あつかいされたり[12]、繊細さや感受性の豊かさにより過度に周囲に同化しようとするあまり、意図的に能力以下の成績を修めたり、ギフテッドの特異な才能を隠す傾向がみられることが指摘されている。才能を隠すことは女性に際立ってよくみられる傾向である。ギフテッドは、一般的な教育方法では、優れた成績や才能を発揮できず、このため一般教育ではその才能をフォローすることが難しく、欧米ではギフテッド用にそれぞれの才能を伸ばす英才教育が行なわれている[13]

 

勉強はほとんどしませんでした。 

テスト前に教科書や参考書読み返せば、だいたい平均以上の点数取れましたから。 

数学は別にしてですがw

例外はありましたが、基本、授業はホントにつまらないものでした。 

問題児…とまでは行かなかったんですが「何を考えてるかよくわからない」

とは言われたりしました。 

わざと能力を隠すようなことはしませんでしたが、話しても分からないだろうなと

最初からあきらめることはいくつもありました。 

欧米の英才教育…そういう教育を受けてたら、人生違ってたかなぁ…

いや別に今の人生、全然嫌じゃないけどw

 

知性、認知能力や語彙が発達していることから同級生ではなく年上や大人と話すのを好む。他のギフテッドとの交流は、心的に安定感をもたらすと報告されている。

これはまさにそうです。 

高校生くらいから私の最も近しい友人は最低でも5歳は年上でした。

同級生は、本当にさらっと話すくらいで、ごく親しかったのは学生時代通じて

3人くらい…かな。 ずっと、兄がかなり年嵩なのでその影響かと思っていたの

ですが、それだけではなかったようですね。 

 

コミュニケーション能力に優れ、道徳心、責任感、高い洞察力、共感的理解、問題解決能力などの高いリーダーシップ力を潜在能力の特徴として指摘されている[9]

高いリーダーシップ力はどうなのかなぁ…潜在能力の特徴って言われてもなぁw

道徳的な規範は大切に感じます。 

責任感も自分に課せられた責任は、全力で果たそうと努力します。

洞察力、共感的理解、これは時に辛くなるほどなので、意識してフィルターを

かけているように過ごすことが多いです。 かけきれませんがw

問題解決能力…確かに問題があれば解決策を見出そうとする傾向がものすごく

強いです。 なので単なる愚痴とか雑談はかみ合わないことが多かった。

そのせいでいわゆる「ガールズトーク」を延々はしたくないです。

つまんないんだもん。 これでもコミュ能力高い…のかなぁ…(^^;)

相手から何か聞き出すとかは割と上手い方でしたけど(←元営業職w)

 

芸術分野のギフテッドは、高いIQと知性を示し、早期から芸術分野で才能を現し、豊かな想像力や表現力に富み、創造性、独創性、芸術性に優れ、アイデアに溢れ、身体動作やリズム感に繊細、思慮深く、洞察力、感受性が豊かなどの潜在能力を示す[14]。しかしこれもまた個人差の範疇を出ない。

芸術分野とまで言えるかどうか…ではありますが、いわゆる「センスがいい」

というお褒めはよく頂いてきました。 

顧客はもちろん友人へのコーディネイトアドバイス、店頭でのディスプレイや

プレゼントの花束の構成に至るまで、基本的に目を引くもの、なおかつ

受け取る側が必ず気に入るもの、とても似合うものをチョイスする能力が

ありました。 これは今も友人知人に何かを贈ると「ねぇ、私何か言った?」と

聞かれることが多い(これが欲しいとリクエストしたかしら?という意味)です。 

ゼロから創造というよりはアレンジが得意かな。

 

これら知性面だけを取り上げて、ギフテッドは単純に学力やIQテストによって測定できる量的な違いであると信じられがちだが、一方で、ギフテッドは世界を知覚するのに一般人とは根本的な違いがあり、その違いが本人の人生経験すべてに影響している、とする仮説がある。過敏な神経による過度激動な反応OE。後述)が原因となって、社会や人生における出来事を一般人に比べて強く、深く、長く感じるという説である。この生理的な違いは、ギフテッドの子供が学校を卒業しようと、大人に成長しようと消えない。ギフテッドの大人はめったに特殊な人として扱われないが、ギフテッドならではの心理的、社会的、感情的な要求を持っているのである[15]

世界の知覚…かぁ…この仮説って、検証不可能じゃないの?

でもいくつか、子供の頃からものすごい特異な体験はありました。

それもおいおい書いていけたらとは思っていますが。

 

めったに特殊な人として扱われないが…そうですね、そうだと思うんですが

やはりちょっと付き合いが深くなると「変わり者」扱いはされますねw

何年前だったか、高校時代の同級生に地元でばったり出会って、道すがら

「だってもーらったって、違ってたもん!私達とは違ってた!」

と言われてしまってかなり困惑しました。 そうだった…の…?( ゚Д゚)

 

ギフテッドならではの心理的、社会的、感情的な要求…自分がギフテッドで

あるという認識はまったくなく、そのせいでずっと苦しんできたわけで。

理解してくれよ!ってのはあるかなぁ。 

♪分かってくれとは言わないが~…いや、ちょっとくらいは分かってほしいっすw

できることなら同じような苦しさを抱えている方の一人でも、解放感を

持っていただけたらいいなぁとは思ってます。 だからこのブログ始めたんで。 

 

 

私は「ギフテッド」です。

そして2Eと言うタイプで算数障害を抱えています。

 

物心ついてからの数十年、その自覚は全くなく

自分自身について、とても強烈な否定的評価しか持てませんでした。

自分は「オカシイ」「マトモデハナイ」「価値のない人間」という気持ちが

常にあって、自分を責め続けていました。

 

たまたまWikipedia の「ギフテッド」の項目を目にする機会があり

自分自身の特徴がほぼ合致し、

自分が「ギフテッド」であると確信しました。

 

医師の正式な診断を受けたわけではありませんので

実は違うのではないかと言われる向きもおありかとは思います。

ですがそもそも「ギフテッド」の定義自体がいまだ安定していません。

 

私の感覚としては「ギフテッド」でも「自閉症スペクトラム」でも

その他のモロモロのナントカカントカ障害でも構わないw

ただただ、「私が悪い」…ということではなかった!という考えが

とても私を解放してくれました。

 

今回、Wikipediaの「ギフテッドの特徴」の記載について

私はこんな感じでした、ということを書き連ねてみました。

しばらくこんな風においおい続けていこうと考えています。

 

この頃、何故だか夜中に目が覚めてしまう…そんなあなたに。

今年は冬将軍の攻勢がキビシイですね(*_*)

 

積雪には本当にお気をつけてください。

慣れないと思わぬケガの確率がものすごく上がる…(ーー;)

 

私が子供の頃は、冬、軒先歩いてるのを大人に見かけられると

だいたい注意されました。 時にはどなられる勢いで叱られました。

昔は屋根からの落雪が当たり前で、しかも屋根に接する面は氷、

そしてツララ、根もとの直径20cm長さ1メートルなんてざら。

(直径と言っても円ではなくって、成長すると隣同士でくっつくのです。

なので断面は楕円というか長円というか、厚板並みになったりする) 

大人でもこんなもんに直撃されたら命の危険があるレベル。

なので見知らぬ子供でも、容赦なく叱り飛ばしてでも

軒先を歩いてはいけない、そもそもそこに至るまでに行く先の

屋根の状態を観察して危険を把握しておけ、と教え込まれました。

音とかも。 「ズッ」というような音は落雪の前兆、逃げろ!とか。

今は屋根もずいぶん改良されたけど、絶対に落雪がないわけじゃないです。

でも昔みたいに叱ってまで心配してくれる大人はもうあまりいないかも…(T_T) 

へたに叱ると逆恨みされますからねぇ…

 

 

さて。

この寒い時期に、もしかしたらお役に立ちますかしら、な

健康関連情報~(^o^)/ 先週の咳止め茶に続く、その2です。

 …ってね、大したことじゃないんですけど。

今時期に書いちゃわないと、真夏に書かれてもな?って言う内容なので。 

 

まだ「高齢者」のくくりには入れてもらえないのですが

自分としては充分歳とってきているワタクシ。

最近、夜中に目が覚めることがあって驚いてます。

 

昔っから、寝つきが悪いとか眠りが浅いとかってことが、

(^^;) スイマセン、それ全く理解できません。

いつでもどこでも熟睡どころか爆睡OK!…な、ワタクシでした。

 

それが最近、夜中にふと目が覚めます。

歳なんだなぁ~(´・ω・`) と思ったのですが、

ま、それはもちろんあるんだろうけど、

実は毛布1枚足したら朝まで爆睡復活!(^○^)

 

・・・・・・寒かっただけなのねw 今年はホントに寒いw

 

これがね、結構笑えない。

 

最初にこういうことがあったのは、進学のために家を出て

一人暮らしを始めた冬。

今と違って昭和の学生が住むのは木造モルタル的アパートとか。

寝つきはいいんです、お風呂上がりでまだホカホカしてるから。

寝ているうちにどんどん部屋の温度が下がり、

半端な布団の厚さではなんとな~く目が覚める。

 

この時、「寒い~!」と目が覚めるわけではないんです。

何とはなしに、ふと、何故か目が覚めた…ように思う。

目が覚めちゃったけど、寒くて目覚めた自覚はまず持てない。

「何で?あ、トイレ行きたいから?」と思って行ったり。

実際はそんな必要なかったりするんですけどね。

 

その時は、とにかく難しいこと考えなかったので

「毛布もう1枚かけよ~っと」 で、解決しました。

正直ね、そんなもんだったりするんです。

 

で、TVとかの健康情報で「睡眠の質はものすごく大事!」

なんてやったりするもので、妙にナーバスになってしまって

「眠れない…夜中に(何度も)目が覚める…これは困った…」

って、どんどん不安な状態で眠りについて悪循環…とか。

そして別にお商売の邪魔するわけではないけれど、最近は

睡眠導入剤」ってやつが、いとも簡単に手に入る。

 

毛布1枚で済むものが、その手の薬に頼ることになるってのは

どう考えても不健康な話と思うんです。

 

いままで、この、「夜中に目が覚めてしまう」

という話を聞いた友人・家族数人に、

「何はともあれ、まず布団をもっと厚くするか毛布を増やせ」

というアドバイスをして、ただ一度もすんなり「そうか、分かった!」

と、言われたことがありませんwww

 

絶対「そんなんじゃない!!!」と、強硬に言い張られますw

「寒くなんかないって!ウチあったかいし!」とか

「暑いくらいだよ、足出したりするんだもん!」とか

「毛布かけるだけでいいなんてありえない!」とか

何故なのか、なにやらややこしい病気かもしれないと思いたいらしいw

まぁ「子供じゃあるまいし、布団くらいちゃんと選べるわ(-"-)」

と思うのかもしれないですけれど。

 

うんうん、うんうん、そうだよね(^^;) と聞きつつ、

そうかもしれないけれど、そんな手間でもないんだし、

今日のところは私の顔立てて、毛布1枚増やしてみてよ、

毛布出すのめんどくさかったら今日のところはとりあえず

コートとか広げてかけるだけでもいいからさ、

とにかくとにかく、1枚なんかかけるもの増やせ!

…と、説得に次ぐ説得w そして翌日、

「朝まで眠れた…」と報告が決まって貰えるw

 

毛布の他に、布団が湿気を含んでて寝てる間に身体が冷えたり

和式布団で敷布団が不十分なため、床から冷気が伝わってるとか。

ベッドのマットレスがそれほど保温性高くないとか。

 

※ここで私的考察。 

最近ポリエステル系のもふもふのいわゆるボアシーツとか。

あれ、暖かいけれど、それだけにけっこう汗かいてます。

特にご年配の方は脱水起こしがちではないかと思う。

睡眠時の脱水は脳梗塞の危険性増すので、お使いなら必ず寝る直前に

水分補給を心がけられた方が良いのではないかと感じております。

そして素材的に合繊系は吸湿性がそれほど良くない。

かいた汗を天然繊維ほどにはすんなり吸湿放散出来ないものが多い。

なので、ボアシーツにボア毛布でサンドイッチになって眠るってのは

あまり良くない気がします…

そもそも毛布って、掛け布団の上にかけて使うのが本来のはず。

 

 

朝起きたら、その日の服選ぶよね?

寒いかも?カーディガン1枚多く着ていこうかな?

厚手のシャツにしようかな? ストール巻こうかな?

こんなことは誰もがやってることだと思うんですけど、

これが布団となると、漫然と同じもので眠りにつく。

でもね? 12月の上旬に快適に使っていた布団そのままで、

1月下旬から2月にかけては、全く同じには眠れないと思うよ?

 

 もちろん、かたくなに「毛布かけりゃいいんだよ」

…とだけ言い張る気はないけど、一番お手軽でしょ? 

とりあえず、お試しで。

毛布もう1枚、お使いになってみて?

朝までぐっすり眠れる可能性、高いよ?

 

 

そしてとてもおススメ、ドイツのFashyの「湯たんぽ」

冬はね~もう手放せませんわホントにw

寝床に入った時、足元が暖かいって、ものすごい幸福感(^○^)

 

私は特に冷え性ではなく、今時期でも家の中で裸足でも平気。

お風呂洗ってそのまま裸足でいるなんてざらなんですけどね。

足が冷たいわけじゃないけど、それでもお布団に入った瞬間から

リラックス度がハンパないです。

 

あちこち見た中でこのお店の説明が詳しくて良かったのでご参考までに。

商品ページに飛んじゃうので、お手数ですが上にスクロールして下さい<(_ _)>

 

ウチでは寝る前にガッツリ濃い目の激安茶淹れて

それで口中うがいしてから眠るのを習慣にしてますが

(昨年ガッテンでやってた←口内フローラってやつ、効くよ!)

それで沸かしたお湯を使って(沸騰した湯にさし水で70℃前後にする)ます。

翌朝、お風呂の洗濯物干しバーに洗濯ばさみで逆さにつるして干す。

あったかくなって来たら、中をしっかり乾燥させて仕舞うけど

夏は夏で冷水入れて水まくらにしてもいいかも。 

札幌は多分要りませんけどねぇw