mouratta’s blog

うっかり半世紀生きてきて、自分がギフテッドと やっと気づいた私。

算数障害は、見えにくいのかもしれない。

何でこのブログを始めたか…最初の記事は、こちら

 

前回で「算数障害」を抱えているということを書きました。 これについては正式に診断を受けているわけではないので「何思いこんでんの?」と言われてしまえばそれまでです。 

多分、学生時代もそう片づけられたと思います。 

感覚的に、本当に、説明するのが困難です。

 

最近、「ディスレクシア(文字認識困難)(読解困難)」と言われる症状を持つ人たちがいるということが一般にも認識されてきました。  著名なハリウッドスターにもディスレクシアを認めている人が何人もいます。

 

この言葉を知らなくても、例えばたまに「数学の天才」と呼ばれるような学生に、国語系教科が数学の点数に比べてすごく低いとか、漢字が上手く読めないとか書けないとか、鏡面文字を書いたりとかという状態の人がいるというのは割とよく言われたりしますが。

 

そういう生徒って往々にして「数学は天才だからな、文系は苦手なんだ。そんなもんだよな。」と、済ませられること多かったりしませんか?

 

じゃぁ、逆だってあると思わない?

 

国語は天才的だけど、算数はできない。 頑張っても、なんで出来ないのか分からないけどできない。 他の人が理解できないようなところで、考え込んでつまづく。

 

私は因数分解って全く理解できません。

何度勉強しても、教えられても、分からない…のです。

公式を見せられて、数字を当てはめて、こうなるでしょ、と言われても、その=(イコール)の左右が「同じ」と言うのがどうしても理解できず…。

 

そもそもこの「意味」は、「意義」は、何なのか?とか、その「数」っていつ誰がそれをどうやって決めるの?とか、数学が得意な方にすれば、「・・・は?」「(ーー;)…ダメだこいつ、アカンヤツや」

って感じの質問が出てくるようなタイプです。 

 

手足の指で数えられる数字なら具体的なのでなんとかなるけど、抽象的なものが出てきたとたんにイメージできず、固まってしまいます。

 

まさに「固まる」としか言いようがないです。 どんなに丁寧に教えてもらっても、その言葉はすべて私の脳の表面でつるりと滑って逃げていってしまいます。

 

算数障害も、いろいろなパターンがあって、その中でわりに多いのではないかとされているのが「位取り」の認識が弱い、というタイプ。

私はそれより低い段階じゃないのかな、計算自体がもうダメ。  小学1年生並みに、おはじきを足し引きして総数数えるみたいなレベルを越すともう対応できないみたいです。

分数とか小数も苦手。 

計算自体、ものすごい労力を毎回使ってます。

 

例えば、87+66= とか

 

7と6足して…(ここで一旦軽くつまづく)…えっと、13。

 つまづいたときに考えてるのは、7+3で10だから、6を3と3に分けて、3の片っぽを7に足して10、そして余ってるのが3だから、13(ゼイゼイヒーコラ(._.)青息吐息)

えっとそして。 

80と60…(ここでつまづき第2段)140、だよな。

80と20で100だから、60の中の20を80に足して、えっと残ったのが40だから、100と足して…140(疲労困憊) 

そ…そして(もうグダグダ)140に13を足して…てな感じ。

 

九九も、7の段なんて、毎回頭の中でこういう計算やってます。

7×7=49 てのは国語的なのか、すんなり覚えていますが、7×9= なんてのは 7×7が49だから、そこに14足して…(上で説明したような脳内作業をやり始める) で、やっと63。 毎回これやってる。

 

覚えろよ!って思いますよね。 私も思う。 うっすらとはね、覚えてはいます。 でも自信がない。 もしかしたら間違ってるんじゃないかって不安が常にあって、毎回計算しないではいられない。

 

子供の頃にそろばんでも習っていたら違ってたんでしょうか。 でもたぶん、落ちこぼれたな。 ツンタくんみたいになってたらそれはそれで楽しかっただろうけど。

 

IQテストって、何種類かの特性を調べるテストを行って、なんでその「平均点」で判断するんだろう。 算数と国語の「平均」って、いったい何の意味があるんだろう。

 

私については多分、小学校の時点で、国語は異様に高いスコアだけど、計算については、ヤバくね?って結果が出てたと思うんです。 そしてそういう子って他にもいたと思います。

だったら何でそれに即したカリキュラムとかお偉い大人は考えてくれなかったのでしょうかね。 

小学校のことなら「だって昔だもん」で、自分自身で諦観したかも。

 

でも、高校のとき、数学の教科担任したのは講師で、教育大学の心理学科の…なんだろう、研究助手とかだったのかな。その立場の人間が、

「俺のこと嫌いだからこんな嫌がらせな点数取るのか」

「現国で全国一ケタ順位(某社全国模試)のアタマで数学0点ってあり得ないだろ」と、いいだけ責められましたよ、私。

 

その当時もう欧米ではギフテッドの概念ははっきりあって、ギフテッドの子供に対してどういう教育をすべきか、そもそもギフテッドの定義は、どう見つけ出すべきか、判断基準は、などなどの議論がなされていたし、カリキュラムも試行錯誤的に実行され、2Eと呼ばれる学習障害を同時に抱えているタイプの存在も明らかにされ、とにかく特殊な対応が必要であるという認識は「欧米では」既にあった時代。

日本の教・育・大・学の心理学科って、なに勉強してたんですかね。

 

 3年生で進路指導のとき、「教育大学受験しろ」と担任に強硬に勧められたけど(私のためと言うより公立大学に入学した卒業生がいるって実績が目当てだったんだろうと思ってます。 教育大学は(当時)入試科目に数学がなかったんですよね。 数学さえないなら合格圏内でした)

そんなトコ行ったって何を学べるっつーの、バカじゃね?と一蹴。 そもそも先公になんかなりたかねぇよ! と、先公に向かって言い捨て。 

はい、親呼び出しくらいました。

まぁねぇ、今この歳になればセンセの怒りも分かるけど 当時は私が怒ってたわけで。

 

正直ね、私、高校卒業できないかも。 中退かも。 って暗澹たる気持ちになりましたよ、何度も。 だって本当に数学の単位取れなかったもん。赤点ばっかりで、補習受けてもできなくて。

ラッキーだったのは、1年生3学期の数学って「三角関数」だったんです。 あれは理屈さえ覚えれば、私の計算能力でも正解が出せたから。 それで何とか進級できた。

 

2年、3年の数学担任は、完全に「お客さん扱い」してくれましたw

0点だろうが何だろうが授業に出てれば単位はやる、とっとと進級卒業しちまえという扱い。 それで卒業できました。 ありがたや非進学校

 

2年、3年の数学担任は分かってたのかなぁ。 当時は「学習障害」なんて概念ほぼなかったけど、ベテランだったから「いるんだよ、こーゆー生徒、たまにな」ってスルーしてくれてたのかなぁ。

 

とにかく私は私で、努力しない、飽きっぽい、頑張らない、嫌なことからすぐ逃げる、出来ないわけじゃないのに、やらない、本当にどうしようもないロクデナシという自己評価を確定させていったわけです。

 

 

 

私は「ギフテッド」です。

そして「2E」と呼ばれるタイプで「算数障害」を抱えています。

でも、そのことにずっと気づきませんでした。

自分がどうしようもない人間だと思っていました。